「音」楽に「専」らのめりこみ「満」足と「充」実を多視点から伝えるブログ
 
主観
音楽メディアで働くことを目指して音楽系の専門学校に入った。専門学校2年生の在学中にインターンとしてライターさんのアシスタントを始め、「ライヴレポート書いてみる?」と言われて生まれて初めてライヴレポートというものを書いた。その当時田舎住まいのわたしはライヴハウスに行くのも年に3回が限界だった。ライヴレポートを読むとライヴに行けないことが悲しくなるから、ライヴレポートというものを読んだこともあまりなかった。

ノウハウがわからないまま書いたライヴレポート処女作はぎったぎたに言われてボツになった。どんなことをぎったぎたに言われたのかは記憶から抹消したらしくさっぱり覚えていないが、そのとき言われた言葉で唯一覚えている言葉がこれだ。

「沖さんがどう思ったのか、どう感じたのか書かないと意味ないんだよ」

同じようなことを音楽評論家の講師にも言ってもらったことを思い出す。音楽について文章を書く世代の違うおふたりがこう言うのだから間違いないと思った。文章は「自分がどう思ったか」を書くことが正しいと信じた。それは自分自身の感覚を信じることでもあった。

でも誰もがそういう考え方を持っているわけではなかった。「沖さんの文章は主観が強すぎる」と言われたこともあるし、自分の主観の部分がオールカットされて世に出たこともある。「これじゃ載せられない」「歌詞について触れる必要はない」「あなたの感覚の比喩は要らない。もっとどんなジャンルなのか、どんな音楽に似ているのか書いてくれ」――自分の信じたことが真っ向から否定されることは少なくなかった。

自分はどういうものが書きたいだろうか? そう考えたとき、やっぱり自分なりにアーティストにスポットライトを当てたい、自分なりにそのアーティストの音楽を言葉で表したいということだった。そのとき「自分がどう感じたかを書くこと」は必要不可欠だった。「尊敬と配慮は忘れずに自分の主観を書こう。それで嫌われたなら仕方がない。相性が悪かったとしかいいようがない。当たり障りのないものが書きたいの? 違うでしょう?」。そう自分に言い聞かせながら書き続けてきた。

今日届いた編集さんからのメールにこう書いてあった。「沖さんの主観をいろいろ織り交ぜてほしい」。「好きな気持ちを存分に出してくれて構わない」や「自由に書いていただいて結構です」と言われることも多く、その答えとしてわたしは主観を書き続けてきたけれど、こんなにストレートに自分の主観を求められたのは、7年半の人生で初めてだった。何気ない一言だったと思うが、わたしはなんだかとてもうれしくて、涙があふれてきてしまった。

自分の主観が正しいとは思っていないし、間違っていてもいいと思っている。わたしの「わたしはこう思う、こう感じたよ」が、誰かの何かしらの刺激になることを願って、わたしは今日も文章を綴る。
【2017.11.25 Saturday 00:15】 author : sayako oki
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著者近況
▼ようこそいらっしゃいました! こちらはフリーランス音楽ライター沖さやこによる個人ブログです。熱量を大事にしながら、嘘をつかずに文章を綴っています▼「本音で語る音楽人」をテーマに掲げた音楽系ウェブマガジン「ONE TONGUE MAGAZINE(ワンタンマガジン)」を運営しています。自主制作なのでお金は絡んでません▼書くお仕事頂けたらとても嬉しいです。詳細はプロフィールをご覧くださいませ

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