「音」楽に「専」らのめりこみ「満」足と「充」実を噛みしめる日々を綴るブログ
 
市から子宮頸がんの検診の案内はがきが届いた。父をがんで亡くしていたり、たぶん自分には子宮筋腫があるんだろうなあとも思っているので、毎年受けてみよう受けてみようと思いつつ何年も先延ばしにしている。今年は受けてみようかな。

それにしても女性の身体に関することを表すとなると、なぜなんでもかんでもピンクピンクの下品なピンク色が基調になるのだろう。子宮頸がんの案内はがきもこれでもかというくらいピンクだった。げんなりすると同時に、この下品なピンクを見ると無意識のうちに女性に関することなのかなと認識してしまう自分もいる。うーん。

生物学的な意味での男と女は、身体の作りも体力もまったくもって違う。女の身体では男のように動けない。性別に限らず、違いを認め合い、出来る限り理解しようと歩み寄り、リスペクトし合うことが大事だと思う。

1週間前に注文したバッグチャームがいまだに発送されない。まだかなあ。洋服は基本的に地味だけれど、小物は派手であればあるほどいいと思っているので、早くあのド派手なバッグチャームを揺らしながら街を歩きたい。そしたら少し気持ちも軽くなる気がする。
【2019.01.15 Tuesday 02:58】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
落ち込み気味ック
ワンタンマガジンで空きっ腹に酒のインタビューを公開しました。1年自主レーベルを運営してきて思うことや、これまでの経験値について語ってくださっています。「続けることでしか得られない面白さ」が重々わかる内容なのではないかと。ぜひお読みください。

今日は成人の日。二十歳のわたしは地獄の真っ只中で、それ以外にもいろんな事情が重なって成人式にも参加できなかった。二十歳の時点ではライターになろうなんて思ってもみなかったし、何もかも失った時期だったから、自分は一度死んだような感覚がある。

そんな荒んだ自分に光を見せてくれたのはART-SCHOOLとMO'SOME TONEBENDER、syrup16g、フジファブリックだった。人によっては暗い音楽だ、なんて思うかもしれないけれど、わたしにとっては圧倒的な希望で、あの刺激的で感動的な音楽体験があったからこそいまの自分が存在するのだろうなとぼんやり思う。

専門学校に入学してから12年経とうとしていて、専門学校を卒業し、「コネも肩書きもキャリアもないお前に用はない」と音楽媒体に就職を突っぱねられて10年が経とうとしている。積み重ねてきたものが実を結ぶのは、本当に時間がかかることだ。空きっ腹に酒が話していたような、続けることでしか得られない面白さを、ライター歴9年弱のキャリアの自分も実感している。諦めなくて良かったなと思うし、何度も諦めようとしていたわたしを支えてくれた周りの人々や、あたたかい言葉を掛けてくださった方々には感謝しかない。

もしあの時諦めていたらあの人ともあの人ともあの人とも出会えなかった。違う道を選んでいたらほかの人と出会えたかもしれないけれど、わたしはこの人生で、この人たちやこんな辺鄙なブログを読んでいるあなたに出会えたことがうれしい。本当にありがとうございます。

なんでこんなエモくなっちゃってるかというと、まあいろいろあるんですわ。30年ちょっと、女として生きてると。簡単に言えば落ち込んでいるということです。

さてさて、エアロバイク漕いで腕立て伏せと腹筋やって、お風呂入って寝ますかね。
【2019.01.14 Monday 00:37】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
初雪と新宿
18日ぶりに東京に雨が降った今日は、初雪だった。正月気分も抜けてきた頃のこの時期、急に寒くなるとセンター試験が近いなと思う。もう遠い昔の話になってしまったけれど。

たまに思う。普通に大学に通っていたら、もし小学生で父親を亡くしてなかったら、自分はどんな人生を歩んでいたのだろうか。そんなの考えたって仕方がないし、ナンセンスなんだけど。

今日はBrian the Sunのインストアライブを観に行った。たった20分のライブのために往復5時間かける自分はなかなか熱いなと思ったが、メンバー4人は大阪から来てるわけやからまじでありがとうやで。時間がぎりぎりになってしまって会場までものすごいスピードで走ったら、着くや否やライブが始まった。真冬なのに汗がひかないままだった。

背の高い男性に挟まれてあまりステージは見えなかったが、とても濃度の高い空間で、4人から発せられる音を曲をずっと受け取り続けるような感覚だった。インストアのアコースティックライブにもかかわらず小川真司のギターは歪みまくっていて痛快だった。

昔からBrian the Sunはメンバーの個性が音に表れていて、ここ1、2ヶ月の彼らはさらにその個を強くしつつ、昔よりも粘度と濃度の高い調和を取っているような気がする。昔がお互いの出方を見ながら音を重ねていたならば、いまはそれぞれが自分自身や楽曲と向き合っていくことでバンドが、その場にいる人々がひとつになっていくような――まあこれはわたしが一方的に感じることであって事実ではないけれど。

そう、わたしの書いていることは事実ではなく、わたしの偏見だ。それを「俺はそうは思わなかった。お前は間違っている」と言われても、わたしはあなたの代弁者ではないのでごめんなさい。わたしは自分の気持ちに素直に、そして出来る限りの配慮を持って文章を書いているだけなのです。

いろんな感じ方があっていい。わたしにとってはポップな曲も、あなたにとっては暗い曲かもしれない。

森 良太の歌が1ヶ月前よりさらに良くなっていた。しなやかで逞しい。アルバムに期待大。

今日はワンタンマガジン新年1発目のインタビュー記事をアップ予定。こちらもぜひぜひおたのしみにー。あのバンドにご登場いただきました。
【2019.01.13 Sunday 00:02】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
年下と年上と末吉
とある小学校の制服を着ている、小学校3年生くらいの女の子たちが電車の同じ車両に乗っていた。学校帰りのようだった。わたしは睡眠不足が続いていたのでうたた寝をしていて、目が覚めてその子たちのほうへ視線をやると、ひとりの小柄な女の子だけになっていた。

彼女は電車のなかでランドセルを机にして必死に勉強をしていた。もう少しノートと目の位置を話さないと将来近視が進行するぞ、と思った。同じようなことを親から毎分のように言われていたのに言うこと聞かなくて裸眼0.05のわたしが言えたことでもないんだけど。

その子はそれからしばらくして、とある駅で降りていった。その子が降りていった駅と学校の最寄り駅がかなり遠いのが気になって、ちょっと気持ち悪い行為をしてしまうな……と思いながら、乗換案内で彼女の乗車時間を調べてみた。2時間6分だった。

学校から学校の最寄り駅までの歩く時間、降りた駅から家までの時間を考えると、きっと2時間半以上かかるのだろう。おまけに彼女が降りた駅は乗換駅だったので、ここからほかの路線に乗り換える可能性もある。あの小さな身体で毎日こんな長旅をしているのか。と思ったら、家から東京まで遠いとぐちぐち言っている自分が猛烈に恥ずかしくなった。

今日は新年初めてのインラヴューだった。自分より長く生きていて、ものすごく密度の高い人生を歩んでいる人が発する波動を浴びて、勝手に自分のお子様っぷりと未熟具合をあぶり出されたような感覚になっていた。

反面教師ではなく教師ばかりと出会う1日だった。そう言えば、出掛ける前に初詣へ行った、近所の神社で引いたおみくじは末吉だった。調子に乗るな、謙虚に生きろというお告げなのかもしれない。

末吉はずっと「吉の末端」や「ぎりぎり吉」という意味だと思っていたのだが、神社の掲示物によるとどうやら「末広がりで良くなっていく」という意味らしい。若くして大成していない自分にはお誂え向きかもしれない。

もうひと息仕事がんばろうかな。12時間後にはインタビュー。
【2019.01.10 Thursday 00:55】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
世間は仕事初め
10時過ぎに仕事の電話で起きた。新年2本目のインタビュー取材が決まった。お正月も終わりですね。

今日は16時から打ち合わせの予定だったので、掃除をして11時半に入浴し、12時半から身支度を整えて、13時半に家を出て小田急線に乗っていると、14時半に打ち合わせリスケの報。電車がちょうど秦野に着いたときだったので、電車を降りてそのまま折り返してまっすぐ家へと帰った。

正直言えばせめてあと1時間早く連絡が来たら……と思ったけれど、規模の大きな散歩に出かけたということかな、と思った。今日は本当に天気が良かった。気持ちが良かった。

帰宅後たらふくお昼を食べて、エアロバイクを漕ぎながら録画してあっただいぶ前の関ジャムを観ていた。女子は自分が共感できる歌詞を「わたしの歌だ」と思うという特色をフィーチャーした歌詞考察の回だった。西野カナちゃんがゲストに出ていた。西野カナちゃんはいつも衣装がばりばり可愛いですよね。

そこで錦戸亮さんが「女性は主人公になりたいんだろうね(※大意)」という話をしていた。だから自分の曲だと思う曲を好んで聴くようになるのだろうと。その放送では「音楽は聴く人の個人的なトピックを引き出す」という旨の話題もあった。この曲を聴いてどう思ったとか、この曲を聴いていたときこんなことがあったとか、音楽を語り出すと自分語りになってくることが多い、というのは確かにそうかもしれないなと思った。この仕事をしてからは、そういう聴き方はだいぶ減ったけれど(※音楽に感動・興奮していないというわけではないですよ)。

音楽の聴き方もいろいろだなと思う。歌詞の意味に共感できるかどうかは全然重要じゃないわたしは、「わたしの歌だ」と思う曲があることに共感できなかった。でもこういう人が多いんだな、と知れたのは興味深かった。いろんな人の考え方を知れる、いろんな価値観に触れられる機会があるのはいいことだ。それに揉まれて、自分の価値観というものは少しずつ確立していくのでしょうね。

今日はこのあとメールに全部返信して、新年1発目のインタビューの準備をして、寝る前にゆっくり湯船に浸かろうと思う。1日2回お風呂入るってしずかちゃんかよ、ってこの例え昭和かよ。でもお風呂キャラのクイーンは次の元号の時代でもしずかちゃんな気がする。
【2019.01.07 Monday 20:01】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
ブログ
なぜ年末からこんなに個人的なブログを書いているのかというと、もう少し自分と言葉(というよりは文章)の距離を縮めたいなと思い始めたからです。

12月は感性を刺激する出来事がとても多く、その結果感性のタガが外れて原稿が書けなくなりました。生意気にもスランプというやつです。言葉にするという行為は、とても理性的なことです。感情が裸なら言葉は洋服を着た状態――否、もしかしたら本当の自分とは別のなにかなのかもしれません。

これまでずっと、心のわたし(潜在的な自分)がぎゃーぎゃー喚き散らし、それを頭のわたしが「あなたはこういうことが言いたいの?」と一つひとつ確認し「じゃあこの言葉を使ったほうがいいかもね」と通訳するような感覚で文章を書いてきました。でも先月は、感性を刺激されまくった心のわたしを、頭のわたしは取り押さえられませんでした。その結果のスランプです。

その時に「ああわたしは心と頭の距離を縮めようとして、最終的にはひとつにしようとしているんだな」と思ったのです。でもそれに気付いたと同時に愕然としました。なんて難しいことをしようとしているんだと。そんなの太宰治や芥川龍之介みたいな、天才中の天才の域ではないかと。おこがましすぎる。でも潜在的な自分がその方向を欲しているならばそこに向かうのが健全だろう、と頭のわたしが折れました。

となると文章を書くことが呼吸のようになるといいのかもしれない、と頭のわたしが考えました。その結果がこのブログ更新です。誰が読むとか、どれだけの人が読むかとかはそんなに大事ではなくて、ただただ自分の気持ちや美学に忠実に書こうとしています。でも不思議なものですね、自分のことを大事に書いていけばいくほど、これまで出会ってきた大事な人たちや、顔を知らない読者さんたちの熱を感じるのです。この熱が絶えない限り書ける気がするし、変わり続けられる気がします。気がする、というだけで確証はないけれど、自分にとってそれが真実ならば確証なんて必要ないし、思い込みであってもいいと思っています。

去年の11月、ライター友達とごはんを食べたとき、彼が「自分がいいと思った曲を1アーティスト1曲だけ入れていくプレイリスト作ってる」と言っていました。その年の自分が気に入るものを追加する、リリース年は関係なし、をルールとして定めているとのことだったので、わたしもそれを踏襲することにしました。2019年の自分がどんな音楽を好んでいたのか、年末に聴き返すのが楽しみです。
【2019.01.06 Sunday 14:56】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
ナンバーワン
どうしてもナンバーワンというものは輝かしく見える。やっぱり「沖さんの原稿がいちばん好き」「沖さんのインタビューがいちばん面白い」と言われればうれしいし、最速インタビューとして自分の原稿が世の中に出たらもてはやされるし、なかなか気持ちがいい。でも同時に、ナンバーワンを追い求めてしまうのは危険だなと思う。

たとえば、わたしが「また『沖さんの原稿がいちばん好き』と言ってもらいたい」という気持ちで原稿を書くことや、「また『沖さんのインタビューがいちばん面白い』と言ってもらいたい」という気持ちでインタビューをすることは、とても不健全なことだと思う。それは私欲でしかないからだ。

よく「ミュージシャンとアスリートは似ている」と言う人がいるけれど、スポーツの世界はつねに数字が関係してくるため、他者とトップを争う必要がある。でもミュージシャンの場合は人それぞれの感性が評価の対象になってくるので(そういう意味では新体操やシンクロナイズドスイミング、フィギュアスケートはスポーツなのだろうか、と思う部分もある)、明確な順位はない。たぶんそれは文章もそうだ。だから資格というものも存在しない。

これはバズるぞランキングがいろいろと物議を醸しているようだ。不服な人のなかでも、ランクインしなかったことが不服な人、1位になれなかったことが不満な人、ランキングが存在することが不満な人、音楽関係者のみが選んでいることが不服な人と、多岐に渡ると思う。わたしはあのランキングに参加していないから詳細はわからないけれど、選出基準も人それぞれだろう。ポルカドットスティングレイなんてとっくに売れっ子でしょう、と思うけれど、それはインディーズシーンを知っている人間だから思うことなのかもしれない。

結果として出てくる数字は、その音楽を愛する理由にはならない。愛する音楽は長く輝き続けてほしい。

書いた原稿、早くみなさんに読んでいただきたいです。自分だからできることを、その時の最大限の力を注いで書きました。それは自分にとって、誰かや何かのナンバーワンになることよりも重要なことなのです。その結果誰かや何かのナンバーワンになれたら、それはとても素敵だし、健全なことですね。
【2019.01.05 Saturday 18:37】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
引きこもり3日目
9月から切りたかった髪をようやく切った。切り落とした30cmくらいの髪の毛を全部ゴミ箱に捨てたら、人間の頭が入っているように見えた。ホラー。

お風呂から上がったら、母親がマイケル・ジャクソンのドキュメント「マイケル・ジャクソン 最期の24時間」を観ていた。一瞬目に入った映像に引き寄せられ、そのまま母の横に座った。内容は「マイケル・ジャクソンの不可解な死から10年。キング・オブ・ポップの死の真相とは? なぜ整形手術を繰り返したのか? 謎のベールに包まれた天才アーティストの生涯に迫る」というもので、彼の半生と友人らの証言、死に至るまでの様子などが収録されていた。

マイケル・ジャクソンの人生を断片的に知り、胸が苦しくなった。同情というわけではなく、たぶんこれは自分のクセのようなもので、その人の人生に自分を重ねて考えるところがある。この境遇で自分はどう生きるだろうか……と考えたときに、まったく想像がつかなかった。そういう人生を50年乗り越えてきたことが奇跡的だし、やはり超人だとつくづく思う。だが、やはりマイケルは孤独だったのだろう。本音を話せる相手、弱音を吐ける相手はいたのだろうか。心休まる時間はあったのだろうか。そう考えていたら、どうしようもなくなってしまった。

アバンティーズのエイジさんの訃報。YouTuberはその人の私生活やアイコン性をフィーチャーした動画作りをし、視聴者もいつでも動画を観られるぶん、遠い存在ながらも親近感を抱きやすい。アバンティーズの動画はよく観ていたし、わたしがよく仕事をしているバンドマンさんたちとも同世代である。若すぎる。早すぎる。やりきれない。まだ「安らかに」とか「おくやみ」なんて言葉を言える精神状態でもない。

よく「つらいときこそ笑顔で」なんていうけれど、その考え方にはいささか首を傾げるところがある。悲しいときは悲しいという感情に存分に浸って、悲しみ尽くしてから前を向けばいいと思う。感情に蓋をすると、蓋をして溜まっていったものはどんどん鉛のようになってしまう(だからと言って、思ったことを誰かになんでもぶつけるのはOKかというと、それはまったく別の話でもある)。自分はいまどう思っているのか、どういう気持ちなのか、というのを把握すること、その気持ちを慮ることは、生きるうえでとても大切なことだ。

「これはバズるぞ!」ランキングが今期も発表された。図々しい物言いかもしれないが、聴き手一人ひとり、自分がいいと思った音楽、ファッションなどの表現に誇りを持ってほしいと思う。自分がいいと思ったものを「これがいい」「あれがいい」と言い合い尊重できる世の中になったらいいなあ、というのがほのかな願いだ。

売れる前から知ってなくてもいい。出会ったそのタイミングが、必ず自分にとってのベストタイミングなのだ。

明日も引きこもって原稿を書く。ああ、RiLと羊文学とニトロデイのスリーマンフロアライヴ行きたかった!! 「年内に送る」と約束されていたものがすべて届いていないので、確認のメールを出さないと。いよいよそろそろお正月ムードもおしまい。2019年が本格始動する。
【2019.01.05 Saturday 02:27】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
三が日
箱根駅伝を直に見に行くようになったのは、小田原に引っ越してきてからだ。それまでまったく興味がなかったのだが、近くで観られる機会があるならば行ってみようかと軽い気持ちで現地に赴いたところ、毎年の恒例となってきている。

選手のパフォーマンスを間近で見て、その走りからどんな練習をしてきたのかがなんとなく頭に浮かんできた。首位争い以外にもたくさんドラマがある。人間一人ひとりに様々なドラマがあり、そのミニマムな部分、ディープな部分をフォーカスするのは非常に興味深いことだ。自分もそういう記事が書けたらいい。

12月は個人的にとても刺激の多い月で、刺激が多すぎた結果「文章うまくなりたい」というシンプルオブシンプルな気持ちだけが肥大している。でも願望はそれくらいでいいとも思うし、基本的にそればかり考えて8年半書き続けている気がする。

今年はどんな新しい出会いがあるのだろうか。いまある縁がどこまで深められるのだろうか。新年を迎えたばかりのこの時期はいつも不安と期待がない交ぜで、だからこそ出来ることを一つひとつしっかりやりたいなあ、と、やっぱりシンプルなことに帰結する。

がんばりたいことがんばってれば、いつかいいことあるでしょう。いいことある根拠はないけど、いいことがない根拠もないし。もうちょっと未来という胡散臭いものや、人生という先の見えないものを、信じてみてもいいのかな、翻弄されてみてもいいんじゃないかな、と思っている。
【2019.01.04 Friday 03:06】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
平成31年
新年あけましておめでとうございます。30、31日とCOUNTDOWN JAPAN 18/19に参加したため、2018年の仕事納めをしないまま2019年の仕事初めをし、いのしし年の猪突猛進っぷりで新年を迎えるという平成31年です。

フェスと言えば、10代20代の頃は家が宿泊業をやっていたのでフェスシーズンに出掛けることはまず無理だったことと、お金がなくてチケットを買うお金もなかったこともあり、RIJFやCDJに出掛ける友人たちがとても羨ましかったです。専門学校1年生の夏、悔しさまぎれに「RIJFもCDJも初参加は絶対に仕事で行くんだ」と心に決めたことをいまでも覚えています。とはいえチキンだったので威勢の良さは脳内だけ。自分からアクションを起こすことはなかったんですけど……11年かかっての初参加は非常に感慨深いものがありました。いつも携帯やパソコンの画面から見ていた景色が自分の目の前に広がっていて終始ふわふわとしていたし、だけどどこか冷静という、不思議な気持ちでした。夢のような2日間でした。

そして、耳年増でずっと思い焦がれていた空間で、昔からお付き合いのある人のライブを観るというのは、自分にとってすごく特別な経験でした。ゲス乙女を観て「ああ、この曲はインタビューであんなことを話したな」とか「終演後にご挨拶をしたときにこういうことを言ってもらったな」とかいろいろ思い出してしまって、「crying march」でわたしのcryingが走り出したら止まりませんでした笑 あとKOTORIのライブでShout it Outの解散ライブ以来に千弘さんがドラムを叩いているところを見て、やはりここでもうるうるしてしまったのでした。

それ以外にも思うこともたくさんあり、たくさん刺激を受けました。もっとお仕事がんばりたい! 受験シーズンで「いつもの力を出せば大丈夫」という言葉が使われ続けるように、きっといつもの力を出せることがいちばんいいパフォーマンスできるんだろうし、いつもの力を出すためにも謙虚に一つひとつがんばることが必要なんだろうな。2019年はどんな出来事が起こるのか、どんな経験ができるのか、どんな想いが心のなかにわいてくるのか、とても楽しみです。

旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
【2019.01.02 Wednesday 19:49】 author : sayako oki
| 新凡人日記 | - | - |
 
著者近況
▼ようこそいらっしゃいました! こちらはフリーランス音楽ライター沖さやこによる個人ブログです。熱量を大事にしながら、嘘をつかずに文章を綴っています▼「本音で語る音楽人」をテーマに掲げた音楽系ウェブマガジン「ONE TONGUE MAGAZINE(ワンタンマガジン)」を運営しています。自主制作なのでお金は絡んでません▼書くお仕事頂けたらとても嬉しいです。詳細はプロフィールをご覧くださいませ

【動作確認】
・Google Chrome

LINE@

管理者ページ



携帯電話閲覧
推薦作品
推薦作品
スペースシャワー列伝~宴~
スペースシャワー列伝~宴~ (JUGEMレビュー »)
オムニバス, MO’SOME TONEBENDER, NAHT, 怒髪天, fOUL, キセル, YOGURT-pooh
 
【エレキのグルー】にしびれていいかい
 
推薦作品
 (JUGEMレビュー »)

テンションだだ上がり
 
推薦作品